会長からのご挨拶

会長からのご挨拶

ご 挨 拶

ようこそ吹田市薬剤師会ホームページへ。

皆様にとっての「薬局」のイメージはどのようなものでしょう。
それはご覧になっている皆様の年代あるいは地域により、その機能や姿は随分異なることだと思われます。地域の開局薬剤師によって築かれてきた薬剤師会の有り様も大きな転機を迎えているようです。

ここで、私達の歩んできた道を辿ってみたいと思います。
大正15年に大阪府薬剤師会は発足しています。
昭和5年に発足した三島郡薬剤師会は3地区に分かれ、新京阪薬局の三田菊次郎氏が吹田地区初代会長でした。
昭和16年の大阪府薬剤師会名簿には吹田市会員は21名が登録され、その内16名が開局薬剤師でした。
昭和24年に吹田薬剤師会が誕生し、この年学校薬剤師会も発足しています。(今年はいずれも70周年ということになります。)
昭和53年には吹田市立休日診療所が開設されました。
昭和58(1983)年に社団法人となり、会員数は116名でした。
昭和60年の会員128名中、開局会員87名、勤務会員13名その他の会員は28名と記録されています。(岡村孝次郎第三代会長が残された資料より)

医薬分業への期待が高まる中、平成元年の会員数は158名となっていますが、その歩みは遅く、平成10年頃にようやく3割分業といわれたようです。
平成25年に当会も一般社団法人となり、7割分業の時代を迎えました。

私共の豊津薬局を父が開業したのは昭和25年のことです。
ご近所の皆さんから「くすりやさんのおじさん・おばさん」と呼ばれ、「ころんですりむいた!」「おなかが痛い!」「風邪を引いたかな?」「あかちゃんが夜泣きして・・・」から「回虫?」「蟯虫?」「シラミ?」「ゴキブリ?」「ダニ?」「大掃除するから、畳の下に撒く殺虫剤を・・・?」等々と、近所の取りあえず相談に走る頼りになるところが当時の薬局でした。

当時の調剤室にはデシケーターやビュウレット、メスシリンダー・メートルグラス、顕微鏡(主に検便・・・回虫卵の有無の鏡検に使用)、上皿天秤、乳鉢・乳棒、薬品棚には局方の粉薬が入った広口遮光ビンが並んでいました。当時も正露丸をはじめノーシン・ハッキリ・改源・救心・奇応丸・仁丹・太田胃散・今治水等々のいわゆる家庭薬はありましたが、お客様の『お薬合わせて下さい』の要望を受けると伺った症状に合わせて散剤を秤量配合し乳鉢で混ぜ、並べた薬包紙に等分に撒き、手際よく包んでいました。(「薬局製剤」47処方が行政通知されたのは昭和33年の事です。)

昭和30年台に入り、高度成長の中でスーパーマーケットが急速に普及し、製薬メーカーの量産体制の元で乱売攻勢にさらされることになり、薬局だけで無く薬種商の方々も一緒に医薬品小売り商業組合が組織されました。勝ち取った「距離制限」や「再販制度」も「公正取引委員会」により潰されたのは近年の「コンビニでの医薬品販売」や「ネット販売」が認められるようになった流れと同じでしょう。
その中でも、昭和30年頃「医薬分業を進めてもらうように国会請願に行ってくる」と父が出掛けたのを覚えており、当時から「医薬分業」は開局薬剤師の悲願でした。

それから60年、「薬局では処方箋調剤もしますよ」から始まった分業も、医療機関の周囲には門前薬局が建ち並び、OTCを取りそろえた大型ドラッグストアーが郊外だけでは無くメインストリートにまで並びます。7割分業の時代を迎え、「薬局の機能は処方箋調剤に関わる業務のみ」となりかねない中、地域でのかつての薬局の機能も備えた「サポート薬局」という概念が見直されています。

厚生労働省統計によりますと、我が国の薬剤師数は平成8年の20万人弱から28年には30万人を越え、この10年間で10万人増加し、医療機関従事者・大学の従事者・医薬品関係企業・衛生行政保健衛生等の従事者数はほとんど変らず、この増加分がそのまま薬局従事者の内の勤務薬剤師数の増加となり、28年には薬局勤務薬剤師数は全薬剤師数の50%を超えました。この間、薬局従事者の内、開設者・法人役員の数は減っています。

当会の場合も、入会している薬局のすべての勤務薬剤師が入会しているとは限りませんが同様の傾向は見られ、薬局薬剤師への地域社会での期待や役割が変化する中、当会の主な構成員であった「開局薬剤師」の割合は随分減ってきております。

このような流れの中でも、当会会員は責任ある日常業務に加え、学校薬剤師や休日診勤務、介護認定審査会委員等を務め、みんなの健康展での魅力的なブース作り、お薬出前講座等様々な活動に地域貢献事業として取り組んでいます。

「対物業務から対人業務へ」とのかけ声に、本来地域で共に暮らす方々のお役に立つ事を喜びとしてきた我々に何を今更?と思わないでもありません。
しかし、「患者のための薬局ビジョン」におけるかかりつけ薬剤師・薬局アクションプランとして示されると、それらを受けて立ちたいと思うものの、規模の小さい従来型薬局ではとても対応が困難で、「薬剤師には働き方改革は無縁?」と叫びたくさえなります。

「最近の若い薬剤師はOTCを怖がる?」・・・と言われることがあります。
そう言えば、「薬局で相談する」という薬局の役割が薄れてきているのかも知れません。薬剤師に「相談される体験」が減ってきているからでしょうか。
日常の暮らしの様々な場面でも「おばあちゃんの知恵」が期待されなくなり、子育てについても「おばあちゃんの出る幕は無い」とも聞きます。若い人達はネットや友達との相談等で解決しているようです。確かに私自身も保存食の作り方や使ったことの無い食材の調理等々から資料調べまで、ネットのお世話にはなっておりますが、「身近な所にいる薬剤師達」を活用しないのは勿体ないことでは無いでしょうか?

薬局ですべてが解決出来るわけではありませんが、「科学」に興味を持ち勉強してきた生活人としての知恵や経験を基礎に健康に関わる様々なことにアドバイスし、その対応を提案してくれる存在、OTCや医療材料の適切な活用でのセルフメディケーションをサポートし、その守備範囲を超えている時には、ご近所の適切な医療機関を紹介するトリアージ機能も持つ社会資源として、薬局をもっと活用していただき、若い薬剤師も鍛えて頂きたいものです。

一般社団法人 吹田市薬剤師会

会長 立木 靖子